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ビックリして腰が抜けそうだった


世の中色々在るといってしまえばそれまでだが、ついこの間、70歳近いこの年になって腰が抜けるほどにビックリさせられた出来事があった。

10月の24日だった。「ノーベル賞のオワンクラゲフィーバー」で、入館者が増加していた昼の事。電話がさっきから鳴って居るのに誰も出ない。皆忙しくて手が離せないのだ。仕方なしに走っていって受話器をとった。

静かな声だった。出だしの言葉は聞き取れないでしまった。「下村脩です」という声だけが聞こえた。聞いた事がある名だなと思って「あー」とか「うん」とか言って合わせていたらもう一度名乗ってくれた。

今度ははっきりと聞こえた。「お手紙と電報を戴いた下村脩です。」心臓が止まるほどビックリすると同時にあっと思った。確かにお祝いの電報と手紙を出した覚えがある。

アメリカのマサチューセッツ州に在住し、オワンクラゲから蛍光蛋白質を発見してノーベル賞受賞が決まった大先生だった。

しかし可笑しなもので一瞬の間に「まさかあのノーベル賞学者が私に電話をくれるなんてそんなはずが無い。」「いたずら電話ではないだろうな。」こんな考えがよぎったから私も情けない。

「ご本人でしょうか?」と聞いたらゆったりした声で「そうですよ」と返事が聞こえてきた。

これまでの人生で一番緊張した。後の遣り取りははっきりと覚えていない。穏やかで温かみがあって人をほっとさせるような声で、孫を相手に会話を楽しむかのようにいつまでも電話を切らなかった。

お祝いの手紙に書いた東北の片田舎、弱小、老朽、倒産という文字が先生の心を動かし、頭をもたげた母性本能が「少し助けてやろうか」という思いになって、オワンクラゲを光らせるやり方を伝授してくれたのだろう。

先生に言われたようにしたところ、展示しているオワンクラゲがボーっと蛍光色に発光した、感動だった。

これが新聞で全国に紹介されたから、おおきな話題となった。

その後の効果は絶大なもので、光るオワンクラゲを見たさに人が押しかけてきた。「時ならぬボーナスなのか、はたまた夢の中のまた夢なのか。」増加した入館者は築45年目にしてオープン当初の20万人に迫る勢いとなった。

「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないが、この度の下村先生の受賞で労せずにして得をしたのは、この小さな水族館だったかもしれない。

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