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夏向きの話を一つ

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水族館と言う仕事を運営とか経営とか固く考えてはいけない。私は客商売だと考えているので多くの人の支えが有って成り立つ仕事だ。小さな出来事一つ一つの積み重ねがここの信用を支えている。手紙を書くのも面倒がっては居られない。

さっき知らぬ方からの長い手紙に感動しながら返事を書いて終わり、飼育係から昨日採集したと知らされた「カツオノカンムリ」を見に階段を下りて行った。

8月に入って最初の日曜日のせいだろう。まだ10時過ぎと言うのに人ごみが出来ていて思うように歩けない。階段を下りるだけでずいぶん待たされてしまった。

外ではもう車が渋滞しているので夕方には3000人近い入館者が訪れているだろう。ミズクラゲの繁殖を見ることが出来るカウンターの向かいにカツオノカンムリは居た。

展示されている「カツオノカンムリ」青く見えるものがそうである。

展示されている「カツオノカンムリ」青く見えるものがそうである。

 

小さな丸い水槽に7~8匹浮かんでいた。知らなければとてもクラゲには見えない。青いビニールが千切れて浮いているとしか見えないだろう。しかしここでは10年に1度の本当に珍しいお客様である。精々4~5日の展示に終わるのだから、見た人は幸運な方だ。

面に浮かぶカツオノカンムリ。青いビニール片ではない。  手前の白いものは本当のプラスチック片である。

面に浮かぶカツオノカンムリ。青いビニール片ではない。
手前の白いものは本当のプラスチック片である。

 

ここも当然ながら人が込み合い先が詰まって渋滞を起こしていた。しばらく立ち止まって奥の方を見ていたらこの辺りが事務室で、奥の方が宿直室だったころを思い出した。

この辺りがクラゲ展示に変わったのは震災の年の春だったからもう3年目に入っている。改装前はここにあった事務室を上に移動させて熱帯魚室に改装し「2mもあるアマゾン川のピラルク」の水槽が有った所だ。

どこもかしこも50年の間に何度も何度も手を加え、改装に次ぐ改装をした。開館当時の面影をそのまま伝える所は階段ぐらいしかなくなってしまった。

奥にあった宿直室に特別な思い出がある。

今から40年ほど昔の昭和46年の12月31日に、ここを買収した本社が不振で事実上の倒産をして全職員の解雇が言い渡されたことが有った。

今日の話はそこから始まる、本社は当然電気や、水道を止めて閉鎖になったがこちらには生き物が居た。

私の他3名が面倒を見ることになって交代で寝泊まりしながら、先の見えない不安な毎日を過ごした。

初めのうちは何事も起きなかった。1か月ぐらい過ぎてからだった。泊りの男がぼそりと呟いた。「館長、寝ていても何でもねえか。」「いや特に変わったことは何もない、どうしたんだ。」「夢みたいな気もするが夜中に冷たい手で足首をつかまれた。」「あとはぞっとして眠れなかった」。

「え!んだば幽霊が出たってか。」「まずそげな感じだ。」これが始まりだった。次々に夜寝ている所を襲われた。「布団の上に乗って来た。」「枕元に座っていた。」「居るのは分かったが恐ろしくて目を開けられなかった。」「良く館長寝られるなー」。

鈍感なのか、どこか嫌われたのか遂に一度も私には出なかった。ここの飼育課長だった男は特に好かれたようだった。今丁度クラゲの解説をする前あたりに熱帯魚用のストーブが置かれていた。温かいのでそこでアジをぶつ切りにし、また開いて叩きにしたり魚に合わせて餌を作って行く。

ここを奥に行くと今はクラゲ水槽があるが、昔は宿直室があった。 手前右側、白い服の女性が立っているあたりにストーブがあり、その隣に・・・

ここを奥に行くと今はクラゲ水槽があるが、昔は宿直室があった。
手前右側、白い服の女性が立っているあたりにストーブがあり、その隣に・・・

 

夜ではない。いくら冬のさなかと言えど真昼間である。餌作りの最中に幽霊は出るようになってきた。「夢中になって餌作りをしていたらいつの間にか横に立たれてぞっ!とした」と青ざめて語った。

先の見えない越冬隊は春・3月10日まで2か月と10日宿直を続けた。その間幽霊は出たり出なかったり断続的に現れつづけた。そして3月11日に兎に角開館してくれと云われて、無事開館することが出来て幽霊の体験も終わった。

これで解放されたはずだった。しかし私以外の3人には不幸が襲ってきた。大腸がんが一人、二人は原因不明の突然死だった。

元気だったはずが病に侵され次々にあの世へと旅立って行った。40代の若者がわずか4~5年の間に3人みなこの世の者ではなくなってしまった。

何だかおかしいではないか。あの宿直で何者かに憑りつかれなかったのはこの私一人だった。得体のしれないものに襲われた3人だけが次々に命を落とすとは。

私にはあのころからすでに「クラゲと言う守り神」がついていたのかも知れない。これも今となってはここの歴史の一コマだ。

 

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